奇跡の道・学習書

二部・第二百七十八課

 もし自分が縛られているなら、自分の御父も自由とはいえない。

 

 もし自分が、生きていると思えるものがみな死んでしまうような世界で、自分はからだに捕らわれた身だということを受け入れたりしたら、我が御父も同じく捕らわれの身となる。こんなことを確かに信じているといえるのは、この世界が従うおきてに自分も従わなければならないとか、自分の目にするはかないものや罪は本物であって、それから逃れることはできないと言い張っているときだ。もし自分がどのようにであれ縛られているとすれば、自分の御父も真の自己も知らないということ。そして実在を全く見失っている。真理は自由であり、拘束されたものは真理の一部ではないのだから。

 

 御父よ、真実だけを求めることにいたします。いままで自分自身や自分の創造したものについて、馬鹿げた思いを多く抱き、恐ろしい夢を自分の心にもたらしました。今日こそ、夢を見るのをやめます。狂気や恐怖の代わりにあなたへの道を選ぶことにします。真理は安全であり、愛のみが確実なのですから。

 

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