今日はつぎの想念を復習しよう。
(六十五)自分の唯一の役目は、神が与えてくださった役目。
自分には神が与えてくださった役目しかない。これを再認することですべての葛藤から解放される、それは自分が矛盾する目標を持つことはできないという意味であるから。目的が一つだけなら、何をし何を言い何を考えるにせよ、いつでも確信をもてる。自分の唯一の役目は、神が与えてくださった役目だと認めれば、きっと疑念はみな消えてなくなる。
この想念をもう少し具体的に適用するとすれば、つぎのようになるだろう。
自分がこのように知覚しても
自分の役目は変わらない。
これは神が与えてくださった
役目いがいの役目を与えてはくれない。
これをつかって、
神が与えてくださったのではない役目を
正当化するようなことはしないでおこう。
(六十六)自分の幸福と自分の役目は一つである。
神から生じるものはすべて一つ。そうしたものは唯一たるお方から生じる、だから一つものとして受け取る必要がある。自分の役目を果すことが自分の幸福だというのも、その二つは同じ御源から生じるからである。それなら、もし幸福になろうと思えば、何が自分を幸せにしてくれるか、それに気づけるようにならなければいけない。
この想念を具体的に適用するのに役立つかたちをいくつかあげてみよう。
これが自分の幸福と自分の役目を
分けることはできない。
自分の幸福と自分の役目は
一つであるということは、
これに全く影響されない。
これも含んで、自分の役目とは
別の幸福があるという
錯覚を正当化できるものはなにもない。