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準備はいらない

救われるために準備はいらないんだよ?楽になるために幸せになるために、準備なんか。

こういう自分でなければ、こうしなければ、なんてのはないんだよ?自分でなんとかしようとして、どうにもならなくて、それで苦しかったんじゃなかったけ?

あんなこんな方法、あれがこれがいい、ああしたらこうしたらいい、あれはこれはダメ、ああしないのがいいこうしないのがいい、そんなのやってみて、それでもどうにもならなくて、苦しかったんじゃなかったけ?

やめちゃえ、やめちゃえ。捨てちゃえ、捨てちゃえ。もういいじゃん。

いい子は天国、悪い子は地獄、そんなのもういい。いらんがな。そんな世界、いる?私はいらんがな。 いらねー。

いい子になるための準備をしてたら、年取って死んでまう。いい子になって救われるのに間に合わず何回も生まれ変わるのもういいわ

私たちに準備はいらない

救われるために、楽になるために、幸せになるために、準備はいらないんだよ

準備とは「私たちを救うもの」がすることなんだ。

溺れてる人に

「あなたに助けてもらう準備ができたら助けますね

なんて誰が言うだろうか?ただ助けるだけだ。相手の準備なんかどうでもよくて、今にも沈みそうな人を助けるだろう。そもそも助けてもらう準備ってなんだ?何かの条件?溺れれたらさ、条件もクソもないわな。必死だもん。それと同じ。

あちらさんはただ助けたい。助ける条件なんかなく、いつでも助ける準備がある。

それでも助けてもらえない、ってのはさ、溺れながら

「いや、私、まだ助けてもらう準備できてないです」

って、あっぷあっぷしながら言ってるような時。知らないうちにそうしちゃってるの。溺れてるのに、今にも沈みそうなのに、助けてもらえる私になろうとしなくていいんだよ。

私たちは必死。人生に溺れてるんだ。生きるということに溺れてるんだ。そんな必死なのに救われる準備なんかしてらんない。目の前のことで精一杯なんだよ。

だから、救われるために準備なんかしなくていい。いいトコ行くために準備なんかしなくていい。ちゃんとしなくていい。それさんざんやって、どうにもならなくて、イヤになっちゃったことない?私はあるよ。

愛の人なんかにもならなくていい。

愛になんてなれない。そもそも私たちはもう愛そのものなんだから。

ライオンはもうライオンになれないみたいにさ。私たちは神の子なんだから。そうじゃないと言うのは自我だけだ。その自我だって本当はないんだ。

愛であることに条件なんかないんだって。条件を作り、差別し、分け 、いいと悪いを作り、高いと低いを作り、誰かを落とし自分を高みに上げて、もしくは   自分を落とし誰かを高みに上げて、定義して条件づけされて、推しはかられるものは、愛じゃない。

やさしいとか、素晴らしいとか、そういうのも愛の基準じゃない。やさしい人を「あの人は愛の人」とか言うけど、愛にはもっと違う意味があるんだよ。いい人を愛の人と言うなら、そんな人だけが愛なら、そんな愛なんていらない。

私たちはこの世界に飽きていい。この世界に辟易していい。そんな自分を認めていい。

その先を知らなかったから、それができなかっただけじゃないかな。      

この世界は 終わりのないホラー映画みたい。

どうしようもなく救われなくて、そして、その映画から出られない。

出方を知らなかったから。

ホラー映画の中にいるとさえ知りもしないかもしれない。出るためには、まず自分が映画の中にいるんだと知らなきゃ出られないように、私たちは、まず、自分がこのなんだか救われようのないへんちくりんな世界にいると知るのが大事。

そんなこと誰も教えてくれなかったけど。

その上で

「ここから出たいです」

そう思った時

「助けてほしい」

そう思った時

「本当のことを見せてほしい」

そう思った時、それが今まで私たちが知っていたものとは違う「正しさ」「正しい心」になる。

その時、準備ができているあちらさんが、溺れて今にも沈みそうな自分を必ず助ける。それが助けを求めるということ。それが「奇跡を行う」ということ。

準備はいらないんだからね。もうさんざんやったんだから。今まで本当に頑張ってきたんだから。そろそろ終わりにしよう。陰鬱で救いようのない映画を。エンドロールには自分の名前がある。

そして、終わるんだ。

   

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