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奇跡のコースデイリーワーク

奇跡の道 学習書|二部【四 罪とは何か】

 罪とは狂気のさた。それによって心は正気を失い、錯覚に真実の代わりをさせようとする。そして正気ではないのでその心は真実があるべきところ、実際にあるところに錯覚を見ている。罪がからだに目を与えたわけだが、罪のない者はいったい何を見たいと思うだろうか。その人たちにはどんなものを見たり聞いたり触ったりする必要があるというのだろう。何に耳を傾けたり手を伸ばしてつかむつもりだろう。いったい何を感じ取るというのだろうか。感じ取るとは分かっていないということ。ところが真理はただ知識で満たされるだけであって、それ以外にはないもない。

 からだというものは、心が自らを何とかだまそうとして作った道具。その目的は努力すること。だが努力する目標は変わることがある。だから今やからだは違うことを目指して努力するのに役立っている。それが今求めることは、心が自己欺瞞を目標とする代わりに目指そうとすることによって選択される。それはうそをついたり偽ったりもできるが真理を目指すこともできる。そうなると、五感は真実であるものの証拠を探そうとする。

 罪はすべての錯覚が生まれたところであり、それは想像したものごとを表すだけだし、本当ではない思いから起こる。そんな錯覚が、真実性のないことが本当だという「証明」になる。罪が神の子は邪悪だし、時間を超越した状態はきっと終わり、永遠の命も必ず死ぬと「証明」する。そして神御自身は愛する御子を失い、御自身を完了するのは堕落しかなく、神の御意志は永久に死に征服され、愛は憎しみに殺され、もはや平安はなくなる。

奇跡の道 ー兄イエズスの教えー イエズス・著、田中百合子・翻訳 


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「奇跡の道 -兄イエズスの教え-」に収録されているこの学習書は、翻訳者の田中百合子さんに許可を得て掲載させていただいています。

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